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「幸福論」人とのつながりは奇跡だと思える理由。

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人とのつながりは奇跡だと思える理由

ふくカエル

こんにちは!ふくカエルです(ふくカエル@バルタンカエル)。

ご訪問いただきましてありがとうございます!

アラン先生の「幸福論」を勉強しています。

今回の勉強のテーマは、

「第5章 人とのかかわりについて」

「No.117 人とのつながりは奇跡」

人とのつながりは奇蹟の場である

人とのこうしたかかわりは、味見をしたり、だまって感受するだけのものではない。

自らつくりだしていかなくてはならないのだ。

アラン先生「幸福論」より引用

ところで、人とのつながりとは、どんな感じ?

例えるならこんな感じ

 

アラン先生は、人間関係を「日かげ」を例に出して説明してくれています。

 

人は、心の中に「心の壁」を建てて「日かげ」を作っています。

「心の日かげ」です。

 

次のような図解にしてみました。

Wall of mind.1

生きていると、いろいろな他人から干渉されることがあります。

 

たとえば、「親切心からのお節介」や「反感からの攻撃」などです。

 

その時々の他人からの接触によって、人間関係が快適になったり不快になったりします。

 

ちなみに、アラン先生は、この干渉を「天気」や「風向き」と表現してます。

たとえば、「こんなのは、うっとおしい」

Wall of mind.2

たとえば、他人(図で言うと「太陽」ね)から、

 

ほれ!これやると、元気になるぞ!」とゴリゴリ押し付けられたりすると、

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ちょっと勘弁してくれ~!」と逃げたくなります。

 

あるいは、

 

無理やり優しさやお節介を押し付けらえると、

 

ぎゃー!ほっといてくれ~!」とうんざりするもんです。

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そんなうっとおしいときは、「心の日かげ」に滑り込んで、難をしのぐのです。

たとえば、「直接は、もっと困る!」

Wall of mind.3

親しい間柄になると、もっと直接、ゴリゴリ押し付けられることがあります。

 

こうなると逃げらないし、本当に不快になっちゃいます。

 

たとえば、本人は、とっても頑張っているのに、

 

できるはずだ、もっと頑張れ!」なんて、葉っぱをかけられると

 

ぎゃ~~!」叫びたくなります。

 

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あるいは、

 

今、とっても傷ついて、そっとしてほしいのに、

 

傷をみせろ!消毒してやる!」なんて言われると

 

なんで無理やり見せなあかんの!!」と本当に勘弁してほしくなります。

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でもこんな場合もある「心にしみる、ありがとう!」

Wall of mind.4

でもです。

 

逆に、遠くで離れて、元気づけてくれる場合は「本当にありがとう!」と拝みたくなります。

 

つかず離れず「絶妙な角度」から励ましてくれたり、優しくしてくれると、涙が出るほど感激するのです。

 

「心にしみる、ありがとう!」なのです。

たしかに・・・。

 

たしかに、このように「他人本位の人のつながり」は、その時々の接し方で、

 

快適になったり、不愉快になったりします。

でも、アラン先生は違うの!

日かげは違うぞ!

 

でもです。アラン先生は

「日かげ」に例えるのは、
ちょっと違うぞ!

と言ってます。

むしろ、太陽になるのだ!

 

むしろ、「太陽そのもの」になったほうがいいといってます。

 

自分本位の人とのつながり」を模索したほうがいいと言っているみたいです。

Mindwall1

なぜ、アラン先生は、そう考えるのかな?

人とのかかわりあいは、自分で作り出すものだから

 

人との大事なかかわりは、自分で作り出すものだからです。

 

「心の壁」によって「日かげ」を作って、

 

「他人の言葉や行動」を甘んじて受け入れると、日々「他人本位の人のつながり」に翻弄されるからです。

 

なので、「太陽そのもの」になって、「自分の言葉や行動」発信したほうがいいのです。

 

そして、「人とのつながり」を吟味しながら作れば、「他人本位の人のつながり」から解放されるからです。

でも、なぜ、それが奇跡になるのかな?

絶妙な角度は、むずかしいから

 

とはいっても、「人とのつながり」を作るのはむずかしいのです。

 

相手の心にしみ入る「微妙な角度」は、なかなか分からなくて、むずかしいからです。

Mindwall

その人その人の特有の「微妙な角度」があります。

 

その「絶妙な角度」をみつけた上で、相手の心に響く「言葉や態度」を伝えることは、奇跡なのです。

 

もう、何万分の1、何億分の1くらいの確率だと思います。

ふくカエル

計算したことないから、知らんけど。多分そうやと思う。

 

その上で「自分の言葉や行動」が、相手の心にばっっずとと組み合わさるのって奇跡だよ。

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「自分の言葉や行動」がその人の琴線に触れることは、非常にまれなのです。

じゃあ、どうすればいいのかな?

工夫してみる

 

「自分の言葉や行動」を人に分かりやすいように工夫して表現するといいみたいです。

  • 嬉しい
  • 悲しい
  • 悔しい
  • 腹が立つ

何気ない言葉ですが、

 

  • どんな風に嬉しかったのか
  • 悲しくてどうなったのか
  • 悔しいと何が待ち受けていたのか
  • どんなことで腹が立ったのか

 

くわしく、分かりやすく伝えてみると、「この人、自分の感性と同じだ!」と気づいてくれます。

 

来るもの拒まず、去るもの追わず。

 

そして、「来るものは拒まず、去るものは追わず」を基本にするのがいいです。

 

なるべく意見に耳を傾けるようにします。

でも、意見が合わなくなったら、そっとしておきます。

そして、相手から距離を置かれたら、それもそっとしてきます。

たしかに、誤解や勘違いがあるのなら、悔しいです。

でも、釈明はしません。

相手の心に「反感」があるのなら、どんなに釈明をしてもムダだからです。

どんどん去るのであれば、無理して追いません。

奇跡が起きたら、大切にする

 

そして、奇跡的に相手の琴線に触れることができたら、

 

その人との「人とのかかわり」を大切にします。

 

もちろん、適度な距離を保ちながら、相手の存在を尊重するのは忘れないようにします。

そうすると、どうなるのかな?

太陽になれたりする

 

「自分の言葉や行動」を工夫するようにしていると、奇跡的に他人の「太陽」になれちゃったりします。

 

ほんまにありがとう!
落ち込んでたのですが
元気になれました。
あなたはあたしの太陽です。

なんて言われるのです。

いや~照れまっせ~~!sun_yellow2_character

まとめてみたkerokero

 

  • 人とのつながりは奇跡の集まりなのです。
  • 人の琴線に触れることは非常にむずかしいものです。
  • 人とのつながりを自ら作り出していかなければ奇跡は起こらないものです。

自分の「人生に影響を与えてくれる人」に出会うためには、砂漠の砂から「砂金」を探すくらい大変なのです。

ふくネコ

最後まで、読んでくださってありがとうございます。

またのお越しをお待ちしております。

ふくカエルでした。

なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』によりました。