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死について不安になったら、こう考えてみてね。

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死について不安になったら、こう考えてみてね。

ふくカエル

こんにちは!ふくカエルです(Twitterアカウント:ふくカエル)。

ご訪問いただきましてありがとうございます!

アラン先生の「幸福論」を勉強しています。

今回の勉強のテーマは、

「第1章 不安と感情について」

「No.18 不安とは無意味な動揺である」

 

この記事は、あくまでもわたしの個人的な解釈に基づくものです。

中には、「これ違うんじゃないの?」という箇所もあるかと思います。

そのような場合は、温かい目でお見逃しくださいますよう、よろしくお願いします。

 

もっと、きちんと
くわしく理解したいぞ~~~!musimegane_girl

という方には、下記の書籍をご覧いただけるとありがたいです。

「幸福論」について
その他のテーマはこちらです!

 

不安とは無意味な動揺である

人は死について考えだした途端に、死ぬのが怖くなるもの。

アラン先生「幸福論」より引用

死について考える

 

死ぬことって、普段あまり気にしないことです。

 

希望に満ちあふれて健康なときは、「自分が死ぬ」なんて意識しません。

 

考えたとしても、自分は死の公約数から外れていると思っています。

ふくカエル

あくまでも他人事だと考えてます。

 

でもです。

 

一旦、大病を患ったり、大災害に見舞われると、

突然、「死の問題」が大きな問題としてのしかかってくるのです。

 

ちょいと動揺します。
わたしも動揺しました。

動揺すると人は気弱になります。

 

この得体のしれない死について、恐怖にとりつかれ、だんだんと支配されてしまいます。

カエル風アラン先生の言葉

 

このように死について不安に取りつかれたときに、アラン先生がいてくれたら、

 

こんな風に言ってくれたかもしれない!

 

と、いろいろと想像してみました。

 

死について、

不安になるのわかるで。

死ぬのが怖くなるもん。

 

でもな、

死への不安ほど

無意味なものないねん。

どんなに怖がっても

動揺しても、

全部ムダやねん。

 

なんでやと思う?

 

何も生まれへんからやねん!

自分が死んだら、

不安や恐怖なんて

そんなもん

あっという間に

消えてなくなるからやねん。

つまり、どう考えるのかな?

 

つまりです。

死への不安に取りつかれたときは、

すべて無意味な動揺だと考える!

 

死について学術的探究するのではなく、不安も恐怖ばかりに取りつかれるのなら、

 

それは、すべて意味ない動揺だから、すぱっ!とやめたほうがいいのです。

なぜ、無意味な動揺なのかな?

実体が分からないから

 

なぜなら、

自分の死についてどんなに推測しても、その実体(真実)が分からないからです。

 

ふくカエル

つかみどころが全くないものやねん!

というのは、誰も語れないから

 

というのは、誰もが死ぬのですが、

  • 自分が死ぬ瞬間
  • 自分が死んでしまったこと

について誰も語れないからです。

 

自分の死について具体的な実体がやっと分かるときこそ、自分が死ぬときだからです。

ふくカエル

死んでしまったら、

ふくネコ

自分の死について、誰も「あ~だ、こ~だ」としゃべれないのです。

 

なので、

自分の死を考えて不安や恐怖に取りつかれても、

 

全くもって何も生まれなし、無意味な動揺になってしまうのです。

死ぬ瞬間まで続くから

 

それに、死に対する不安や恐怖は、

 

意識すれば、ずっ~と自分が死ぬ瞬間まで続くからです。

すべて想像上のものだから

 

そして、死についての不安や恐怖もまた、すべて想像上のものだからです。

 

自分が「死ぬ可能性」を次から次からと考え出しているすぎないのです。

  • これをすると死ぬかもしれない?
  • あれをすると死ぬかもしれない?
  • 事故に遭うかもしれない?
  • 毒が入っているかもしれない?
  • 災害に巻き込まれるかもしれない?

 

「死ぬ可能性」を考えると、際限なく広がっていくので、

 

あらゆるものが怖くなり、混乱してしまうのです。

 

混乱すればするほど、びくびくして動けなくなります。

あっか~~~ん!
こんなに可能性があったら、
死ぬやん。

もう死ぬしかないやん!pose_koshi_nukeru_kowai_manとなっちゃうねん。

じゃあ、どうすればいいのかな?

割り切る

 

まず、自分を混乱させる「死の不安」は、すべて想像上のものだと割り切ります。

 

得体のしれないものを、いつまでたっても考えても仕方がないと意識します。

想像するのをやめる

 

次に、想像するのをきっぱりやめます。

 

想像するからどんどん怖くなることを意識します。

ふくカエル

想像しなければ、へっちゃらになるねん。

何も生まれないことを理解する

 

また、死に対する不安や恐怖からは何も生まれないことをちゃんと理解します。

 

たしかに、中には、自分の死を意識して、毎日の生活を充実させる人もいます。

 

このように前向きに自分を立て直す「尊い能力」がある人はOKです。

 

でも、「あかん、どうしよう!」と不安や恐怖でパニックになるだけなら、

 

何も生まれない問題だと決めつけてもいいと思います。

ふくカエル

そうじゃないと、自分が腐ってしまいます。

そして、口に出してみる

 

そして、次のような言葉を口に出してみます。

何も生まない動揺は、しないに限る!

言葉を実際に口に出してみる方法は、結構、役立ちます。

 

くずくず考える「思考パターン」をぶち切ってくれます。

ぶっち!ぶっち!
biyouin_hasami

そうすると、どうなるのかな?

動揺しなくなる

 

あまり動揺しなくなります。

  • 想像上のもの
  • 具体的な実体のないもの
  • つかみどころのないもの

が、いかに自分の気持ちを不安定にし、全く価値を生まない動揺であることに気づくからです。

逆に「生」を意識する

 

逆に、つかみどころのない「死」を考えるよりも、

 

現実に実感できる「生」を意識するようになります。

 

日々の生活が、不安や恐怖にさいなまれるよりも、希望や歓喜に満たされるようになります。

まとめてみたkerokero

 

  • 死ぬかもしれないという不安や恐怖は、何も生まない無意味な動揺にすぎません。
  • つかみどころのない動揺に支配されるよりも、今ある「生」を意識して、毎日を充実させるほうがいいです。

ふくネコ

最後まで、読んでくださってありがとうございます。

またのお越しをお待ちしております。

ふくカエルでした。

なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』(出版社:ディスカヴァートゥエンティワン)によりました。