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「幸福論」【不安と感情】不安で動揺したら、こう考えて退治してみる。

幸福論アイキャッチ1

【不安と感情】不安で動揺したら、こう考えて退治してみる

 

こんにちは!ふくカエルです。

 

 

【お伝えしたいこと】

この記事は、あくまでもわたしの個人的な解釈に基づくものです。

 

中には、「これ違うんじゃないの?」という箇所もあるかと思います。

 

そのような場合は、温かい目でお見逃しくださいますよう、よろしくお願いします。

 

もっと、きちんと
くわしく理解したいぞ~~~!musimegane_girl

という方には、下記の書籍をご覧いただけるとありがたいです。

アイキャッチ画像11アランの「幸福論」について

 

「幸福論」他については
こちらです!

不安で動揺する…

 

あらゆることが不安になって追い込まれると、ちょっとしたことでも激しく動揺して平静さを失います。

 

オタオタしたり、ひどく驚いたり
ちょっと感情的になるんよね。aseru

とくに情緒不安定になるとどんどん生きづらくなってしまいます。

 

そこでです!

 

こんなときこそ、次のように考えてみるのはどうでしょうか?

 

きっと不安を
退治できると思うのです!pose_kiri_man

こうやって考えるねん!

これです!

 

不安とは無意味な動揺である

思うに、不安とは無意味な動揺にほかならない。それは、考えるほど必ず大きくなる。

アラン「幸福論」より引用

 

不安は、無意味な動揺だと考える

ことです。

 

不安は、

  • 全く価値がない
  • するだけムダ
  • くだらない
  • 空しい
  • 馬鹿げている
  • しょうもない
  • アホらしい
  • 役に立たない

動揺だと考えて、すぱっとやめます。

 

どんなにオドオドしても、オタオタしても、驚いても、ビビっても、イライラしても、全部くだらにない動揺として片づけます。

なぜ、無意味な動揺と考えるといいのかな?

推測にすぎないから

 

なぜなら、不安はただの推測にすぎないからです。

 

ふくカエル

もっと言ったら、

ふくネコ

いい加減な推測にすぎないねん。

 

自分が根拠もなくいい加減に推測したものに動揺することはくだらない(無意味)のです。

たとえば、「自分の死の不安」です。

 

どんなに想像してもただの憶測にすぎません。

 

なぜなら、この世にいる誰ひとりとして「自分自身の死」について知らないからです。

 

なので、自分の死に怯えてオドオド(動揺)するのは、本当にアホらしい(無意味)ことなのです。はい。

実体がないから

 

次に、不安は自分の想像上の産物なので、具体的な実体がないからです。

 

つかみどころが全くないものにいくら動揺してもまったく意味がありません。

たとえば、「自分の死」についても具体的な実体はありません。

 

なぜなら、具体的な実体とは「自分自身の死そのもの」だからです。

 

ふくカエル

そやから、自分が生きている限り

ふくネコ

永遠に実体なんてあり得ないねん。

 

なので、「自分の死」に怯えて(動揺)も空しいだけ(無意味)なのです。

真理にたどり着けないから

 

さらに、具体的な実体がないものをいくら考えても真理にたどり着くことができないからです。

 

決して真理にたどり着けないものに不安になってうだうだ動揺することは、するだけムダ(無意味)のです。

 

ふくカエル

ほんまに、考えるだけムダやねん。

たとえば、「自分の死」についても同じです。

 

自分自身が生きているかぎり、絶対に真理にたどり着くことができません。

 

 

自分が現実に自分自身の死を体験して初めて

 

「死とは何か?」という真理にたどり着くことができるからです。

 

ふくカエル

そやから、生きているかぎり自分の死

ふくネコ

永遠の謎になるねん。

 

なので、「自分の死」について不安になる(動揺する)ことは、本当に空しいだけ(無意味)なのです。

結局何も得られないから

 

つまるところ真理にたどり着けない以上、得るものは何もないからです。

 

何も得るものがない以上、どんなに

  • イライラする
  • ガタガタ恐れる
  • どんどん焦る
  • シクシク悲しくなる
  • むなしくなる

といった動揺をしてもすべてが役に立たない(無意味)なことになります。

 

ふくカエル

骨折り損のくたびれ儲けやねん。

ふくネコ

くたびれるだけムダってことやねん。

たとえば、「自分の死」をあれこれ考えて激しく苦悩しても、

 

「自分の死」について何も知ることができないのなら、

 

ただ身体がぐったりと疲れるだけで何もならない(無意味)ことになります。はい。

それに、自分がいざ死んでしまっても、「自分の死」について誰も「あ~だ、こ~だ」としゃべれません。

ふくカエル

幽霊は喋られへんもんね。

そやから、「自分の死」を考えて不安や恐怖に取りつかれても、それ自体が全くムダなのです。

不安は無意味な動揺に過ぎないのです。

じゃあ、どうすればいいのかな?

ぐずぐず考えない

 

まずは、具体的な実体がないものをぐずぐず考えないことです。

 

ぐずぐず考えることはしょうもない動揺を生むにすぎないとして、すっぱりと切り捨てます。

 

ふくカエル

これが重要!

想像力を発揮しない

 

人を害するのはいつも想像上のもの。なぜなら、つかみどころがまったくないからである。

 

次に、自分の想像力を発揮しないことです。

 

不安に関して言えば、想像力を発揮することは害にしかなりません。

 

想像力は、自分の実力を発揮するためなど、自分にプラス(有益)になるように使ったほうが賢いです。はい。

幸福論アイキャッチ1心配しすぎてしまうときの対処方法。

 

具体的には「不安になる可能性」をどんどん考え出さないようにします。

想像力を発揮して「不安になる可能性」をどんどん考え出してしまうと、

 

 

どんなことをしても全てが不安と直結してしまい、

 

 

そのうち、恐怖で身動きが取れなくなります。

 

 

訳が分からなくなって、
パニックになるねん。


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ふくカエル

ほんまにそうやねん。

ふくネコ

あれもこれも恐ろしくなって身動きとれなくなるねん。

 

自分でつくり出した恐怖に身動きできない動揺ほど、馬鹿らしい(無意味)ものはないです。

これは「死の不安」についても同じです。

 

 

想像力を発揮してしまうと「死ぬ可能性」を際限なく考え出してしまいます。

 

  • これをすると死ぬかもしれない?
  • あれをすると死ぬかもしれない?
  • 事故に遭うかもしれない?
  • 毒が入っているかもしれない?
  • 災害に巻き込まれるかもしれない?

 

と、あれこれ考え出してはひどく怯える(動揺する)ようになります。

 

 

あっか~~~ん!
こんなに可能性があったら、
死ぬやん。

もう死ぬしかないやん!pose_koshi_nukeru_kowai_man

 

と、変な方向に考えてしまう(動揺)ほど、アホらしいものはないです。

きっぱりと想像するのを止める

 

なので、きっぱりと不安を想像するのを止めます。

 

想像しそうになったら、無理やりにでも思考回路をブチブチとぶち切るのです。

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たとえば、

 

何も生まない想像はしないに限る!

 

と言葉を実際に口に出してみるのも効果的です。

 

この方法は意外と効果があるのでお勧めです。

何でもいいから活動する

 

あるいは、想像しそうになったら何でもいいからとにかく活動するようにします。

 

実際に何かに活動することで、不安をあおる想像を封じ込めます。

たとえば、最初は歯を磨くでもいいです。

 

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自分にとってプラスになるのなら、どんな小さなことでも活動してみます。

 

 

このような活動を続けると、ムダな想像して動揺することがどんどん減ってきます。

そうすると、どうなるのかな?

情緒が安定してくる

 

不安は無意味な動揺にすぎないと考えることで、どんどん自分の情緒が安定してきます。

 

くだらない動揺だと思うと、不安になることがアホらしくなるからです。

 

ふくカエル

しょうもない動揺やと思うと

ふくネコ

本当に不安がしょうもないものになるねん。

不安よりも希望を意識できる

 

また、不安を無意味な動揺にすぎないと考えることで、不安よりも希望に目を向けることができます。

 

くだらない動揺にかまけるよりも、希望を意識したほうがいいことに気づけるからです。

 

この気づきが、不安から目を背けるきっかけになります。

プラスの思考パターンが戻ってくる

 

さらに希望に目が向けば、プラスの思考パターンが自然と戻ってきます。

 

柔軟な発想転換をすることで、自分を前向きな状態に立て直すことができるようになります。

このようなプラスの思考パターンは、

 

どんな状況に置かれても最強の能力・武器になります。

 

ふくカエル

自分を腐敗させない知恵やねん。

たとえば・・・

 

たとえば、自分の今ある不都合さを逆に成功へのターニングポイントとしてとらえることができます。

 

たとえば、自分を突き動かす希望を意識して、その日その日を生きることに専念することができます。

 

たとえば、自分の「死」よりも「生」を意識できるようになります。

同じ本をお持ちの方へ

ちなみに・・・・

 

同じ本(アラン「幸福論」出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)をお持ちの方へ

 

 

「第1章 不安や感情について」

「No.018.不安とは無意味な動揺である」

になっています。

 

お持ちの本とあわせて、ご覧いただけると本当に嬉しいです。

 

ご自分のお立場で考えてみると、また違った「オリジナルな考え方」を発見できると思うのです。

 

それはもう、キラキラ光って
こういうことか!
と納得できると思います。

 

アイキャッチ画像11アランの「幸福論」について

まとめてみたkerokero

 

  • 不安で情緒が不安定なりそうだったら、不安は無意味な動揺にすぎないと考えてすぱっと退治することです。
  • なぜなら、不安は推測にすぎず、具体的な実体がないからです。また実体がない以上真理にたどりつけず、何も得るものがないからです。
  • 具体的には、ぐずぐず考えることや想像力を発揮することを止めます。そして何でもいいから活動することです。
  • そうすると情緒が安定し、希望を意識することができ、プラスの思考パターンが戻って来ます。

 

今現在、実にさまざまな不安(コロナ・政情・経済など)が世界中を取り巻いています。

 

ふくカエル

非常に不安定な状況です。

 

「自分が死ぬかもしれない」という不安や恐怖は、何も生まない無意味な動揺にすぎません。

 

このような「つかみどころのない動揺」に自分を支配されるよりも、

 

今現に「生きている自分」を実感しながら、毎日を充実させたほうがいいと思うのです。

 

それにです。

 

このように不安に耐性のある人間になったほうが、

 

現在のような「不安定な状況下」では断然強いし、生き残れます。

なんと言っても、

ちょっとした刺激では動揺しないし、

簡単に扇動されないからです。

今、世界中でほんまに必要とされるのは、

 

このような「不安に惑わされない知恵」を持っている人間じゃないかと、この頃つくづくと思います。はい。

fukuneko

ふくカエルでした。

なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』(出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)によりました。