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【自分自身】本物の愛を手に入れたいときに、すること。
こんにちは!ふくカエルです。
【お伝えしたいこと】
この記事は、あくまでもわたしの個人的な解釈に基づくものです。
中には、「これ違うんじゃないの?」という箇所もあるかと思います。
そのような場合は、温かい目でお見逃しくださいますよう、よろしくお願いします。
もっと、きちんと
くわしく理解したいぞ~~~!
という方には、下記の書籍をご覧いただけるとありがたいです。

愛とは、一目惚れ、直感、運命なのかい?
よく、
一目惚れなの~!
と、誰彼ともなく伝えてくる人がいます。
このような発言を聞くと、ウチ(訳:わたくし)は…
はっ?
さよか、ようございましたな。
と冷ややかに対応してしまいます(決して、ひがんでいるわけではないです… ほんまに、なっ、ないで!)。
なぜなら、次のように思ってしまうからです。
そもそも、一目惚れってやつは
「愛」なのですか?そんなもん…ちゃうやろ?
さらにです!人生の大先輩の中にも、
愛は直感よ!
運命よ!
あなたも頑張りなさい!
と叱咤激励してくださる方もおられます…
そやけどです。ウチは、次のように考えてしまうのです。
そもそも、直感ってやつは
「愛」なのですか?んなぁ~わけないやろう?
第一な、
「一目惚れ」だの「直感」だのが、
そのまま
「永遠の愛」や
「運命の愛」に
なるわけないやろ?
ふくカエル
ふくネコ
だってな、途中で事件が起きたら
どうするん?
だって、ですよ?
このように「本物の愛」を、
さも棚からぼた餅かのように理解してしまうとですよ…
途中で「事件」がぼっ発したら
どうするんだ?
とも思うのです。
ふくカエル
ふくネコ
それもやな、
ぼた餅にするんかい?
と思うわけです(そうとちゃう?)。
そやからです!
「本物の愛」を手に入れる方法が
めっさ気になるわけです!皆さんも、
そうとちゃいますか?
そこです!
本物の愛を手に入れたいのなら、これやと思います!
これです!
本物の感情は自らつくりだす
本当の礼儀正しさとは、なにをすべきかを自ら感じとることだ。
アラン「幸福論」より引用
「本物の愛」は、自分の手でつくり出す!
「本物の愛」は、一目惚れでも、直感でも、天からの授かりもの(運命)でもありません!
そんなもんで、手に入れられるはずないのです!
ふくカエル
ふくネコ
ふくカエル
「本物の愛」は、ある日突然、自分にぶち当たって来るものではありません。
ひとつひとつ地道に自分の手でつくり出さなあかんものやと思うのです。
たしかに、「一目惚れ」や「直感」や「運命」などは、
「本物の愛」を手に入れるためのひとつのきっかけ(スパイス)としてあるかもしれません。
でもです。
確実に言えることは、そのようなきっかけだけでは「本物の愛」を手に入れることは到底できないことです。
ふくカエル
ふくネコ
ところで、なぜ、自分でつくり出さないとダメなのかな?
自然にあるものじゃないから
なぜならです。
そもそも「本物の愛」は、自然に生えているもの(自然にあるもの)ではないからです。
ふくカエル
ふくネコ
人工的なものだから
別の言い方をすれば、
「本物の愛」は自然にあるものではなく、すべて人工的なものになるからです。
「本物の愛」を必要としている人間によって、あれこれ手を加えられて、人工的につくり出されているものです。
オリジナルなものだから
それにです。
「本物の愛」は、その人その人のオリジナルなものだからです。
愛のカタチは千差万別で、その人にその人に応じた独特な愛のカタチがあるのが当然だからです。
「本物の愛」には、誰も簡単に理解できない、自分にしか理解できない「独特な要素」が必ずあると思うのです。
たとえば、世間からみそくそ言われても、自分にとっては「最高でかつ本当の愛」がそうです。
ふくカエル
ふくネコ
ひとつひとつ感じ取っていくものだから
それにです。
「本物の愛」は、ひとつひとつ自分で感じ取っていくものだからです。
自分にとって一番ベストな「愛のカタチ」を追求するためには、
- 自分の感性に従う
- ひとつひとつ敏感に感じ取る
- 自分の手でコツコツとつくり出す
しかないのだと思います。
ふくネコ
じゃあ、具体的に、
どのようにつくり出せばいいのかな?
「自分のすべきこと」を感じ取る
まず、今この時点で「自分のすべきことは何か?」を感じ取るようにします。
具体的には、
どのように振舞えば、「本物の愛」をつくり出せる人物になれる?
ことを常日頃から自問自答し、自分のなすべき振舞いを感じ取っていきます。
たとえば、具体的に言うと
- ていねいであろうと心がける
- 控えめであろうと心がける
- 正しくあろうと心がける
ことです。
自分の感性が感じ取ったあとは、感じ取ったことをそのまま実践します。
ちなみに、これは「いつも礼儀正しくするには、どうすればいいのか?」を感じとるのと同じです。
どのように振舞えば、礼儀正しい人物でいられるか?
を常日頃から自問自答し、自分のとるべき(なすべき)振舞いを感じ取るようにすると
すると、
- ていねいな振舞いを心がける
- 常に控えめに接する
- きちんと挨拶をする
- 常に正しくあろうと心がける
- 自分の感情と正しく向き合おう
など、「自分がとるべき振舞い」が見えてきます。
1.ていねいであろうと心がける
ていねいであろうと心がけるでは、なるべく自分の感情や気持ちを大切にするようにします。
2.控えめであろうと心がける
控えめであろうと心がけるでは、自分の感情や気持ちを強引に他人に押し付けたり、傲慢な振舞いを避けるようにします。
3.正しくあろうと心がける
正しくあろうと心がけるでは、本物の誠実さを身につけます。
いかなるときも、自分が大切にしたいと考えている人物に対して誠実さを発揮し、正しいことに戻れるように努力します。
とくに、本物の愛には、誠実さを身につけることが重要!
とくにです!
「本物の愛」をつくり出すには、誠実さを身につけることが重要になってきます。
なぜなら、一朝一夕につかないから
なぜなら、本物の誠実さは一朝一夕に身につくものではないからです。
ふくカエル
見せかけの誠実さは絶対にやめる
また、見せかけの誠実さは絶対にやめることです。
見せかけの誠実さは、誰でも簡単に身につけることができます。
なのですが…
これを逆に言うと、簡単に身につけることができる分だけ染みついてしまうと、なかなかやめられなくなります。
見せかけの誠実さが癖になってしまえば、どんどん「本物の愛」をつくり出せなくなります。
もちろん!
「万人に誠実になろう!」とするのじゃないです(断じてないです!)。
そんなことをしたら、世の中の「生き血を吸う悪い奴たち」の餌食になります。
「この人だけには誠実になろう(正しくあろう)という気持ち」が大切やと思うのです。はい。
存分に発揮する
本物の誠実さを身につけたら、思う存分に発揮します。
まず、一時的な衝動や欲望が芽生えたときに、
本物の誠実さを発揮して、これらの衝動や欲望を克服します。
ここで言う一時的な衝動や欲望とは、
ふくカエル
次に、一時的な衝動や欲望に打ち勝ったら、自分が正しいと思うことへ戻る勇気を持ちます。
本物の誠実さを身につけている者であれば、簡単に戻ることができるそうです。
また、常日頃から、このような一時的な衝動や欲望にハマれば、どれほど失うものが大きいのかをリアルに想像しておくと、勇気もなんなく出てきます。
ふくカエル
ふくネコ
さらに、何度も何度も一時的な衝動や欲望に打ち勝ち、正しいことへ戻る勇気を持つ努力をします。
生きていれば、次から次からといろいろな障害(一時的な衝動や欲望・いわゆる浮気心)が出てきます。
ふくカエル
ふくネコ
なので、何度も何度も誠実さを発揮する努力します。
このような正しく愛そうという姿勢が、本物の愛をつくり出すことにつながります。
また、このようなプロセスの中で、先にお伝えした「誠実さ」が身についてきます。
いろいろな障害(一時的な衝動や欲望・いわゆる浮気心)を克服することで、誠実さにハクがついてきます。
そして、これから先に遭遇する新たな障害(衝動や欲望)を乗り越えていく自信や原動力につながります。
大丈夫や!
打ち消すことできる!
自信が確信や信念になれば、それが原動力となって、真実の愛(自分にとって「正しい愛」)へ容易に戻ることができます。
そうすると、どうなるのかな?
汗と涙の結晶だと分かる!
まず、「本物の愛」は自分の手でつくり出すものであることに気づくと、
「本物の愛」は、自分の汗と涙の結晶であることに気づきます。
そらもう、必死につくり出さなあかんものやねん。
一目惚れだの、直感だの、運命だの、と浮かれていられるのも一瞬やねん。
ある程度時間が経てば(ラブラブ熱々な時期が過ぎれば)、
あとはひたすら日々努力する時期が巡ってきます。
ふくカエル
ふくネコ
魔物はどこにでもいる!
次に、自分の「本物の愛」を試す魔物はどこにでも出現することにも気づきます。
衝動や欲望は長続きしない!
また、一時的な衝動や欲望などは、決して長続きしないものであることにも気づきます。
人間の欲望なんてのは、満たされると一気に冷めるように、あらかじめ人間の中に組み込まれていることにも気づきます。
ふくカエル
つまるところ、みんな必死!
つまるところです。
みんな「本物の愛」をつくり出すことに必死であることに気づきます。
「本物の愛」をつくり出して、それをキープすることに、
みんな必死に努力している
ことに気づきます。
最初は
- 一目惚れ
- 直感
- 天から授かった運命
なんて浮かれていても、
その実、年月が経てば、みんな日夜努力して、自分自身の
- 誠実さ
- 忍耐力
- 意志力
を日夜努力して、鍛え上げているのやと思います。
同じ本をお持ちの方へ
ちなみに・・・・
同じ本(アラン「幸福論」出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)をお持ちの方へ
「第2章 自分自身について」
「No.056 本物の感情は自分でつくりだす」
になっています。
お持ちの本とあわせて、ご覧いただけると本当に嬉しいです。
ご自分のお立場で考えてみると、また違った「オリジナルな考え方」を発見できると思うのです。
それはもう、キラキラ光って
こういうことか!
と納得できると思います。

まとめてみたkerokero
- 「本物の愛」は自然にあるものじゃないです。自分で一つ一つ作り出すものです。
- 「一目惚れ」や「直感」はきっかけにすぎないのです。
- みんな、日夜必死に努力して作り出しています。
ふくカエル
ふくネコ
とにかく、自分の「本物の愛」は自分の手でつくり出すしかないということです。はい。
「本物の愛」って、キラキラで楽しくて幸せなところばっかし注目されるけど、
その裏では、ドロドロギトギト自分の一時的な衝動や欲望に必死に抵抗して克服している面のあるのです。
このような正しくあろうとする感情や姿勢が、正しい愛「本物の愛」をつくり出していくんやと思います。
ふくカエル
ふくネコ
ふくカエルでした。
なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』(出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)によりました。