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苦しいときに、したほうがいいこと

幸福論アイキャッチ1

苦しいときは、安らぐ方法を理解してみる

ふくカエル

こんにちは!ふくカエルです(ふくカエル@バルタンカエル)。

ご訪問いただきましてありがとうございます!

アラン先生の「幸福論」を勉強しています。

今回の勉強のテーマは、

「第1章 不安と感情について」

「No.26 苦しいときは、やすらぐ方法を理解してみる」

 

「幸福論」について
その他のテーマはこちらです!

遠くに目をやる 2

人間の目は、はるかに遠くを見つめると安らぐしくみになっている。

アラン先生「幸福論」より引用

本当に苦しい!

 

不安やネガティブな気持ちにさいなまれて苦しいときは、

切実に安らぎたいと心から願います。

 

友人やいろいろな人に、自分の気持ちを聞いてほしくなります。

 

でもです。

 

人に助けを求めると、ちょっと厄介なことになります。

 

あらゆるところから、「きな臭い勧誘」が舞い込んでくるからです。

 

たとえば、「高額商品」を売り付けてくるセールスマンが、うようよ寄ってくるのです。

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ふくカエル

本当に、安らぎたいだけです。

ふくネコ

ほんまは、お金は使いたくないです。

アラン先生の言葉

 

こんなときに、

アラン先生がいてくれたら、こんな風に言ってくれたんじゃないかと思います。

 

苦しいときは

遠くを見るんだ!

宇宙を見るんだ!

見えなければ

星を見るんだ!

安心するぞ。

 

はあ?
宇宙でっか?

耳済ます女性

なぜ、遠くに目をやると、いいのかな?

安らぐ仕組みがあるから

 

遠くに目をやると、安らぐ仕組みが身体にあるからです。

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たとえば、近くのモノばかり見ていると、眼がチカチカしょぼしょぼします。

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これは、眼のレンズの焦点を合わせようとして、眼の筋肉を絞っている状態が続くからです。

 

目にいつもストレスがかかった状態になっています。

 

なので、眼が疲れたときは、

 

できるだけ遠くのモノを見て、眼の筋肉を緩ませてあげるのが効果的なのです。

 

眼の筋肉がリラックスしてくると、眼のチカチカしょぼしょぼも安らいできます。

 

参考 目のピント調節のしくみサンテメディカルシリーズ公式サイト

 

苦しいときは、視野が狭くなるから

 

それに、精神的に苦しいときは、視界がどうしても狭くなってしまうからです。

 

近くのものごとしか見ようとしません。

 

これは、自分が精神的にいっぱいいっぱいなので、

 

いろいろなものごとを見て情報処理する負担を、脳みそにかけたくないからかもしれません。

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ふくカエル

苦しいので、別の感情を覚えるのも苦痛なのです。

 

自分の苦しいことばかりを凝視するので、ますます心や身体がカチコチになって疲れてしまうのです。

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なので、遠くに目をやって心や身体の緊張ほぐす必要があるのです。

でもね、別の意味もあるから

 

でもです。この「安らぐ仕組み」ですが、実は、別の意味もあるのです。

えっつ!そうなんや。

驚くブタ

別の意味って、なにかな?

 

それはですね。

宿命とのつながりです!

 

別の意味とは、「遠くに目をやる」ことと「人間の宿命」には深いつながりがあることです。

 

人間には、他のモノでは代替することができない「宿命」というものがあります。

 

宿命とは

「運命」とはちがって、

生まれる前から決まっていて、

変えたり、避けたりできないものことです。

 

その人その人にいろいろな「宿命」はありますが、誰にでも共通してある「宿命」は、肉体を捨てて「天国」に行くことです。

 

こればっかりは、どんなにエライ人でも変えることはできません。避けて逃げることはできないのです。

 

この「宿命」と「遠くに目をやる行為」とは、深いつながりがあるのです。

意識が「量子」になるという考え方

 

肉体が滅びると、細胞にある自分の意識が「量子」となって飛び出すという考え方があります。

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量子とは?

「量子」とは、物質を作る小さな小さな単位のことです。

いろいろな物質を素通りしちゃうくらい小さいものです。

量子の中には分子や原子、電子、光子などいろいろな種類があります。

このあいだ、梶田隆章博士とアーサー・マクドナルド博士が、ノーベル賞をとったニュートリノも量子です。

 

参考 ニュートリノとニュートリノ振動スーパーカミオカンデ

 

これは、非常に魔訶不思議な発想ですが、世の中にはこれを研究しているエライ学者さんがいます。「量子力論」の分野です。

 

ふくカエル

むずかしくて、よく分からない世界です。

 

意識エネルギーを「量子」とするこの考え方によると、

 

肉体が滅びると、量子レベルの細かい「意識のエネルギー」が、細胞から飛び出しちゃうらしいのです。

 

で、あちこちに散らばるのです。

 

ふくネコ

もう、あっちこっちに散らばる!

 

通り抜けできない壁も、平気ですり抜けちゃうのです。

 

ふくネコ

スーパーマンでもちゃんと窓を開けてたのに、素通りです。

ふくネコ

地球も素通りしちゃうぐらい小さいから、地球の裏側までお茶の子さいさい。

 

素通りしちゃうイメージとしては、こんな感じ!

 

量子は目で見えないほど小さいのです。

 

こんな感じ。

粒子と人間の大きさ見えないでしょう?

 

量子を人間の大きさにしようとしたら、10億倍のさらに10億倍にする必要があるのです。

 

こんな感じ。

粒子と人間の大きさ2

でね、人間の大きさを同じように10億倍のさらに10億倍にするとね。

 

なっ、なんと、地球を越えてさらに太陽系の外まで行っちゃうのです。

 

粒子と人間の大きさ3

ということはですよ。

 

人間の身体って量子からすると宇宙よりも大きくなっちゃうのです。

 

量子からすると、人間の身体なんてスッカスッカで簡単に通り抜けちゃうのです。

 

だから素通りなんてお茶の子さいさいになっちゃうのです。

 

ふくカエル

なんなら、となりのコンビニに行くぐらいの感じ。

ふくネコ

透明人間も、自分の身体を自由自在に量子化できたら、なれるかも?

ふくカエル

幽霊って、自由自在に量子化できるからなのかも?

っていろいろ考えちゃうよね。うふふ。

この動画を見るとき注意してね。目がまわりそうになるよ!

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【出典:Cosmic Eye Project】

で、宇宙の塵になる

 

で、「意識のエネルギー」は、時空も何も超えて宇宙の塵になっちゃうという訳です。

 

ふくカエル

さながら、バックトゥーザフューチャー。

 

「意識のエネルギー」は「量子」なので、あちこちに散らばって、

 

ついには宇宙まで飛んで行っちゃうのです。

遠くを見ると落ち着く

 

長々と申しましたが、つまりです。

 

人が遠くを見ると落ち着くのは、

この「量子」になった「意識エネルギー」を感じるからではないか!

ということらしいのです。

 

遠くを見たり、

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山を見たり

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海を見たり

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星を見たり

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宇宙を見たり

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すると安らぐのは、散らばった「いにしえの人達の意識エネルギー」を感じるからかもしれません。

 

また、自分がいずれ「意識エネルギー」になることを無意識に感じるとっているからかもしれません。

 

ふくカエル

見えてなくても、感じてたのかも?

 

本当に不思議な話ですが、考えれば考えるとちょっと「面白い発想」です。

このように別の意味を知ると、どうなるのかな?

遠くに目をやる動作が新鮮な意味を持つ

 

遠くに目をやることで

  • 別の意味がある
  • 面白い発想がある

ことに気づくと、「遠くに目をやる」動作自体が新鮮な意味を持ってきます。

 

苦しいときにこそ「遠くに目をやるべきだ!」という動機づけになります。

宇宙が身近になる

 

そして、「肉体のはたらき」と「意識のはたらき」の深いつながりが、宇宙を介して成り立っていることに気づきます。

 

深いつながりを考えると、宇宙が身近になってきます。

星はウソじゃないかも

 

亡くなった人は、「星になったんだよ」って言われてましたが、

 

「なまじっか、ウソじゃないかも?」と思えるようになります。

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はるか遠くをみると安らげるのは、いずれは自分も同じ星の一つになることを予感しているからかもしれません。

まとめてみたkerokero

  • 遠くに目をやると安らぎます。
  • これは人間のかけがえのない宿命と深いつながりがあります。

苦しいときは、遠くを見るといいです。

 

そうすれば、自分が苦しでいることから意識を遠ざけることができます。

 

目の緊張もほぐれるし、心の緊張もほぐれます。

 

何よりもいいことは、はるか遠くの宇宙を考えると、随分ちっぽけな自分を発見することができます。

 

見つけた瞬間は、本当に苦しんでいた自分がアホらしくなります。

ふくネコ

最後まで、読んでくださってありがとうございます。

またのお越しをお待ちしております。

ふくカエルでした。

なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』によりました。