礼儀正しさを学ぶこと。
こんにちは!ふくカエルです(Twitterアカウント:ふくカエル)。
ご訪問いただきましてありがとうございます!
アラン先生の「幸福論」を勉強しています。
今回の勉強のテーマは、
「第5章 人とのかかわりあいついて」
「No.135 礼儀正しさを学ぶ 6」
この記事は、あくまでもわたしの個人的な解釈に基づくものです。
中には、「これ違うんじゃないの?」という箇所もあるかと思います。
そのような場合は、温かい目でお見逃しくださいますよう、よろしくお願いします。
もっと、きちんと
くわしく理解したいぞ~~~!
という方には、下記の書籍をご覧いただけるとありがたいです。
礼儀正しさを学ぶ 6
その一方で、たしなみとは、態度と所作の調和がとれていることである。
アラン先生「幸福論」より引用
今回は、
これまで、7つの「礼儀正しさを学ぶ」のテーマの中から、5つについてお知らせしてきました。
今回は、これらの記事のまとめ的なものになります。
ふくカエル
カエル風アラン先生の言葉
アラン先生がいてくれたら、
こんな風に言ってくれたかもしれない!
と、いろいろと想像してみました。
礼儀正しさを学ぶと
いいことがあるねんで。
では、そもそも礼儀作法とは何もの?
習慣になるもの
礼儀作法とは、習慣になるものです。
たしかに、礼儀作法には「決まったやり方」があるので、最初はとっつきにくい面があります。
ふくカエル
でもです。
何度も根気強く実践すれば、ある日気づくと「自分の習慣」になっています。
ふくネコ
非常に習慣化しやすいものなのです。
自然体でいられるもの
そして、礼儀作法とは、自然体でいられるものです。
礼儀作法の「きまったやり方」のほとんどは、それ自体むずかしいものではないからです。
やろうと思えば、誰でも何気なく自然にできます。
ふくネコ
だから、学べば身につくもの
だからです。
礼儀作法とは、本人に「学ぼう!」という意志さえあれば、身につけることができるものなのです。
ふくカエル
でも、注意することがあるよ!
でもです。
注意する点があります。
気どった人にならない
まずは、「気どった人」にならないことです。
ここでの「気どった人」とは、
- 言動がいちいちわざとらしい
- 言動がいつも常識からひどく外れている。
- 突飛な言動がどんなに危ういかを自覚がない
- 自覚なく、平気で不快感を与えてしまう
ような人です。
ふくネコ
もちろん、理由がある!
もちろん、「気どった人」になる背景には理由があります。
- 自分を良く見せたい
- 注目を浴びたい
- 自分に関心を持ってもらいたい
といった気持ちや願望です。
ふくカエル
でも、なぜ気どった人はダメなの?
でもです。なぜ「気どった人」がダメなのかと言うと、
このような「気どった人」の目立った言動は、非常にわざとらしく映るからです。
このわざとらしさが、他の人たちの気分を害します。
ふくカエル
たとえば、
大声で驚くので、ヒンシュクを買います。
突然大声で驚かんとって、
ビックリするやん。
これ見よがしに嫌悪感を顔に出すので、迷惑がられます。
ほんま子どもか?
めっさ迷惑やわ。
大喜びではしゃぎすぎるので、敵対心を持たれます。
成功なんてほんの一握りやん。
成功の影で、
悔しい思いをしている人が
大勢おるねんで。分かってへんのとちゃうか?
といった感じです。
さらに悪いことに、
本人にはわざとらしい自覚がないので、問題が深刻化するのがネックです。
ふくネコ
おどおどした人にならない
次に、「おどおどした人」にならないことです。
ここでの「おどおどした人」とは、
注目を浴びたいけれども、どうすればうまく人の関心をひくことができるのかが分からない人です。
もちろん、理由がある!
もちろん、このような言動をとる背景には理由があります。
わざとらしい言葉や動作が、
- 人の気分を害する恐ろしさ
- 悪影響をもたらす恐ろしさ
のかをよく理解しているからです。
ふくカエル
だから、わざとらしい言葉や動作をしないように緊張して、いつもビクビク、おどおどしてしまうのです。
なぜ、おどおどした人はダメなの?
おどおどした言葉や動作は、力みすぎている印象を与えるからです。
恐怖や不安で緊張して萎縮しすぎると、
全身に力が入ってしまう感じです。
たとえば、お化け屋敷に一人で入るときの状態に似てます。
ふくカエル
ふくネコ
この力みすぎている印象が、他の人たちの気分を害するのです。
たとえば、
ちょっとしたことでも感情的になるので、ビックリします。
どこで怒るのか分からん!
どこが沸点なのか分からん!
不安でいつもおどおどしているので、見てると疲れます。
不安は感染するからしんどいねん。
何かにすがりついているのが、異常に見えます。
こわい!怖いねんけど!
といった感じです。
ふくネコ
さらに悪いことに、
なかなか不安、恐怖、緊張から解放されないので、その苦しさから逃れるために、
自分や人に憎しみを抱くようになるのがネックです。
いつもおどおどする自分が憎くなって自己嫌悪に陥ったり、
おどおどするのは「人のせいだ」と責任転嫁して、さらに他人に憎しみを抱くようになるのです。
なんで憎まれなあかんの?
ビクビクしているのは
そっちの原因やで。
じゃあ、具体的にどうするのかな?
たしなみある人になる
礼儀作法を学び身につけるには、「たしなみある人」になることです。
ちなみに、たしなむとは、
悪い結果にならないように自分の行動に気をつけることを言います。
ここでの「たしなみある人」とは、
- 自分の態度と所作(礼儀作法にかなった言葉や動作)のバランスがとれている
- 誰の気分を害したり、傷つけたりしない
人のことです。
具体的には、こうする!
それには、具体的には、
- 態度と所作(礼儀作法にかなった言葉や動作)のバランスをとる
ようにします。
態度と所作(言葉や動作)のバランスをとる
自分の態度と所作(礼儀作法にかなった言葉や動作)のバランスをとるようにします。
とるべき所作(礼儀作法にかなった言葉や動作)を身につけます。誰の気分も害しない、傷つけない雰囲気をつくります。
自分の資質をおろそかにしない
そして、このような微妙なバランスをとる才能を疎かにしないことです。
ふくカエル
ふくネコ
そうすると、どうなるのかな?
幸せに生きるコツをつかめる
自分の態度と所作(礼儀作法にかなった言葉や動作)のバランスがとれると、
自分が「幸せに生きるコツ」をつかめるようになれます。
まとめてみたkerokero
- 礼儀作法とは、ややこしいものですが、根気強く実践すれば習慣になります。
- また、礼儀作法はむずかしいものではなく、誰でもやる気さえあれば自然にできるものです。
- 注意する点は、「気どった人」「おどおどした人」にならないことです。
- そして、自分の態度と礼儀作法の所作のバランスをとりながら「たしなむ人」になることです。
- すると、「幸せに生きるコツ」をつかめます。
最後まで、読んでくださってありがとうございます。
またのお越しをお待ちしております。
ふくカエルでした。
なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』(出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)によりました。