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「幸福論」大切な人が亡くなっても、生きている私たちがすべきこと。

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大切な人が亡くなっても、生きている私たちがすべきこと。

ふくカエル

こんにちは!ふくカエルです(ふくカエル@バルタンカエル)。

ご訪問いただきましてありがとうございます!

アラン先生の「幸福論」を勉強しています。

今回の勉強のテーマは、

「第5章 人とのかかわりについて」

「No.129 大切な人が亡くなっても、生きている私たちがすべきこと。」

思いやりを持つ

親切な行為は喜びの種である。

愛は喜びなのである。

アラン先生「幸福論」より引用

大切な人が・・・。

 

人生の中でどうしても避けられないことの一つに、大切な人との死別があります。

 

何度経験しても、決して慣れることのない大きな悲しみに明け暮れます。

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この時こそは、「大きな悲しみは美しいから耐えなさい。」とする「言葉」や「説教」を恨めしくおもいます。

 

何が、美しいねん!
どんなに苦しいのか、
分かってへんのと違うか!cat_boss_gang

アラン先生の言葉

 

こんなときに、

アラン先生がいてくれたら、こんな風に言ってくれたかもしれません。

 

大切な人との別れは、

耐えがたいものだ。

大きな、大きな悲しみに囚われる。

でもだ。

生きている私たちには、

まだ、

やらなければならないことが

あるんだ。

そのことに気づいて

それをひとつひとつ

やっていくことが大事だぞ。

悲しみとは?

大いなるものじゃない!

 

「悲しみ」は、大いなるものではありません。人を奈落の底に突き落とすものです。

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「悲しみ」を

「偉大なものだ!美しいものだ!」

と、言える人は気持ちに余裕がある人だと思います。

 

大切な人や肉親を失ったときの悲しみは、偉大なものでも、けっして美しいものでもありません。

 

ある日、突然その日が来て、今までの人生が180度変わるのです。

 

すべての景色がモノクロームになります。

 

すべての食べ物が「砂」になるのです。

 

地獄です。

 

簡単には抜け出せない地獄なのです。一人で向き合っていくしかない地獄なのです。

 

とは言っても・・・

 

とは言ってもです。

 

残された私たちはまだ生きています。生きていかなければなりません。

 

やるべきことがある!

 

それに、わたし達にはやるべきことがあります。

 

「悲しみ」にどっぷり浸かっているときは、目の前が真っ暗で、正しい判断ができません。

 

しばしば、喪失感や絶望感から自暴自棄になったりして自分自身を粗末に扱っちゃうこともあります。

 

でもです。

 

こんなときこそ、「自分には、まだやるべき課題がある」ことに気づいて、

 

自分のこれからの指針を作ります。

 

これだけでも、「悲しみ」から目をそらすことができて、生きやすくなります。人生の道を踏み外さなくてすみます。

じゃあ、どうすればいいのかな?

立派に生きること

 

まず、自分の残された人生を「立派に生き切ろう!」と思うことです。

 

ふくカエル

人生を大切にするのって、ほんまに大事だよ。

 

「悲しみ」からくる「喪失感や絶望感」で、

 

決して、悪に染まったり、ぐれたり、乱暴になったりしないことです。

 

こんな人になっちゃダメです。
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自分の人生を大切に大切に生きます。

傷つけない

 

次に、「悲しみ」ばかりで自分をいっぱいにして、さらに自分を傷つけないことです。

 

これは、絶対にダメだよ。
顔を上げるんだよ。fusagikomu_businesswoman

また、「悲しみ」を他人にぶつけて、他人を傷つけないことです。

 

おれは、悲しんじゃ~~!kenka_karamu_manええっ!
ぜんぜん悲しがって
ないやん~~~。

もう、やめて~~!

 

「悲しみ」ばかりで自分をいっぱいにすればすればするほど、悲しみは身体や心を蝕んでいきます。

 

ボロボロになっちゃうよ。yaruki_moetsuki_woman

悲劇の主人公ぶらない

 

それから大事なことは、悲劇の主人公ぶらないことです。

 

世間ではよくあることなのですが、

 

自分がどんな不幸を味わったか!」を事細かく吹聴する人がいます。

 

人間スピーカーになっちゃう人ね。kakuseiki

自分の「悲しみ」をあちこち言いふらしたり、

 

自分の「悲しみ」を理解して欲しいがためにアピールしちゃうのです。

 

大切な人を失った動揺から、心のバランスを失っているのだから、仕方がないとは思います。

ふくカエル

以前のわたしがそうでした。

 

けど、これは本当に、よした方がいいです。

苦笑いの女性

同情してれるのは一部の人だけです。

 

本来、人は残酷なのです。

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「悲しみ」をあちこちでアピールしている人に対して、世間は、そのうち冷ややかな目を送ります。

 

この冷たい目に気づいたとき、恐ろしいほどの「悲しみと苦しみ」のダブルパンチを受けることになります。

 

もう、ボロボロになるねん。energy_ha_kurau

そして、親切にする

 

そして、親切にします。

 

これは、他人に対してもありますが、

なによりも「悲しみ」で傷ついている自分に対しても親切にします。

 

グリーフケア」を自分自身にしてあげるのです。

 

できるだけ「悲しみ」が軽くなるようにお世話してあげます。

 

グリーフケアとは?

 

グリーフとは、英語のGrief で「悲しみ」です。

ケアとは、英語のCare で「お世話」です。

 

親族や家族友人など親しい人との死別を体験して、悲しんでいる人に寄り添い世話をすることです。

 

わたしはこんなことをしてみたよ!

 

  • 自分が、今とても悲しんでいることを認める
  • 自分が、今とても不安定な状態であることを自覚する
  • ぼんやりしても、涙が突然あふれても、それを否定せずに表現してみる
  • 「大丈夫だよ!」と悲しみが癒えるような言葉を自分にかける
  • 自分で自分を抱きしめてみる。自分を大切にする

他の人が生きていくことに、

自分が生きていくことに

手助けをします。

そうすると、どうなるのかな?

親切な行為が喜びの種になる

 

親切な行為を心がけるようにすると、喜びの種になります。

 

そして、少しずつ「悲しみ」から解放されていきます。

 

これは、「過去に悲しみを知った人は優しくなれる」という言葉の実際のありさまかもしれません。

 

今現在が悲しいからこそ、

現状の悲しみから解放されたいために、

すべてに優しくなる

のです。

喜びから愛が生まれる

 

そして、どんなに「悲しい」状況にあっても、喜ぶことができると、笑顔が増え「愛」がうまれます。

 

大切な人や故人を、「自分の悲しみ」だけで語るのではなく、

 

大切な人や故人を、「温かい気持ち」や出会えてよかったという「喜びと感謝の気持ち」をもって語れます。

 

ふくカエル

出会えてよかったと、心の底から思えるよ。

まとめてみたkerokero

 

  • 大切な人を失ったときは、悲しみに明け暮れるのではなく、これから先の自分の人生を大切に生きることに専念したほうがいいです。
  • 優しくなれますし、愛が生まれます。
  • なによりも故人を「自分の悲しみ」だけで語るのではなく、「愛情や喜び」をもって語れるようになれます。

ふくネコ

最後まで、読んでくださってありがとうございます。

またのお越しをお待ちしております。

ふくカエルでした。

なお、アラン先生の引用文は、齋藤慎子さん訳『幸福論』によりました。